欧州ミュージアム巡りの旅 28 (旅行連載小説短編)

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パリ3日目の朝

サブローが目を覚ますと、7時半でした。カーテンを開けるとパリの明るい朝の光が部屋にあふれました。通りを歩く人達が良く見えました。昨夜は意外にもよく眠ることができたのでした。

廊下は打って変わって静かになっていました。おそらくは、もう皆観光に出かけてしまったのでしょう。あるいは帰国のために空港に向かった人もいるかもしれません。お寝坊さんは・・・いるかもしれませんね。それも旅の過ごし方の一つですから(笑)

チエコは目を覚ますと耳栓を外しました。

「おはよう!よく眠ることができたかな?」

サブローがにこやかに声をかけました。

「おはようございます。あなた。この耳栓のおかげで良く眠ることができたわ。ありがとう。」

「どういたしまして、良かったね。」

チエコとサブローは、まだ、今日と明日、丸々パリに滞在して観光することができます。帰国は明後日の便になります。

昨日はよく判らなかったので、外で朝食を摂ってしまいましたが、この宿の朝食ビュッフェは午前7時半から午前10時半までのようだと判りました。

「宿の朝ごはんを食べに行く?」

「そうね、おなかも空いたし、喉も渇いたわ。」

二人は身支度をすると部屋の戸締りをして朝食を摂るためにビュッフェ形式の朝食会場に向かいました。朝食は思っていたよりもおいしかったです。喉も潤し、お腹も満たされたので、チエコはとても良い気分になりました。食後にコーヒーを飲んでいると、更にゆったりした気分になることができました。

「今日はオルセー美術館だね。」

とサブローが言いました。

「楽しみだわ。」

とチエコも返します。

食後、部屋に戻り出かける準備をします。

「洗濯をお願いしようか?ランドリーサービスがあったと思うから。」

「そうね、そうしましょうか?」

二人で洗濯物を出し合い、ランドリー用の袋に入れました。

自分たちが部屋に広げていた持ち物はすべてスーツケースに入れてカギを掛けました。例によってサブローはスーツケースを閉じた部分に糸を貼り付けました。部屋の戸締りの確認をして、入り口のドアのドアノブに「部屋を掃除してください!」の札を掛けておきました。最後にドアの施錠を確認しました。ランドリーサービスをお願いして出かけました。

オルセー美術館へ歩く

オルセー美術館へ行くためにはセーヌ川を渡る必要があります。距離は昨日までよりは若干遠いのですが歩けない距離ではありません。二人はゆっくりと歩き始めました。街は活気づいています。天気は良いので歩いているとなんだか気持ちが良いです。

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アール通りからラヴァンディエール・サントオポルテューヌ通りを通ってエドゥアール・コロンヌ通りへ歩きます。昨日までならリヴォリ通りでルーブルの方へ曲がる所ですが曲がらずに突っ切ります。道中、店の外に席を設けたおしゃれな飲食店が数軒ありました。チエコは、パリらしい風景だなあと思いました。セーヌ川のある南の方へ直進します。セーヌ川が見えました。セーヌ川沿いに走っているメギッスリー通りを右に曲がります。本や絵を売っている屋台が多数並んでいました。飽きずに歩くことができます。左手にセーヌ川を見ながら歩きます。観光バスが目立ちます。ヌフ橋でセーヌ川を渡ります。コンティ通りを右折してあとはひたすらセーヌ川を右に見ながらコンティ通りを歩きます。道なりにマラケ通りを進みます。

「あれ!オルセー美術館じゃないかしら?」

「そうかなあ?」

確かに立派な建物があるのですが、少し歩いてその建物に近づくとその一階にはブティックが入っていました。

「どうも、これは違うみたいだね。」

「そうね、ははは。早とちりでした・・・。」

更に、ヴォルテール通り、アナトール・フランス通りと進むと左手に大きなオルセー美術館が現れました。宿からオルセー美術館までの距離はおおよそ2キロメートルくらいあったのでしょうか? 二人はゆっくり歩いたので30分ほどかかりました。

オルセー美術館

「今度は間違いないわ、これがオルセー美術館ね!」

「そのようだね。到着だね。」

二人はチケットを購入して中に入りました。

オルセー美術館の建物は駅舎のように見えます。これは1900年にパリ万博が行われたのですが、そのときにオルレアン鉄道がオルセー駅の駅舎兼宿として造ったものなのです。設計者はヴィクト-ル・ラルー(1850~1937)です。

オルセー駅は長距離列車の発着する大きなターミナルでした。けれども、狭くて不便だったため、1939年には近距離列車専用になりました。そのとき駅の施設は大幅に縮小されました。その後この建物は取り壊しの話もあったのですが、1970年頃からフランス政府によって保存活用策が検討されはじめました。

その後、イタリアの女性建築家ガエ・アウレンティが19世紀美術を展示する美術館として活用できるように改修を担当しました。そして1986年にはオルセー美術館が開館したのです。

美術館の中央ホールは、地下ホームの吹き抜け構造をそのまま活用しています。オルセー美術館の建物内部には鉄道駅であった面影が随所に残っています。

オルセー美術館の収蔵に関する方針としては、原則として1848年から1914年までの作品を展示することにしています。それ以前の作品はルーブル美術館に、それ以降の作品はポンピドーセンターに展示することになっています。多少の例外はありますが・・・。

旧印象派美術館の収蔵品はすべてオルセー美術館に引き継がれています。絵画、彫刻の他、写真、グラフィックアート、家具、工芸品など19世紀の、幅広い視覚芸術作品を収集展示しています。

オルセー美術館では、印象派やポスト印象派など19世紀末パリの前衛芸術のコレクションが世界的に有名です。しかし、19世紀の主流派美術で後に忘れられたアール・ポンピエと呼ばれるアカデミズム絵画も多数収集・展示して、その再評価につなげていることもこの美術館の重要な活動です。

「さて、どういう風に見学したらいいかな?」

「そうね、ここも収蔵の点数が多そうだものね。」

(つづく)

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良い旅を!