箱根・思い出のアート 9(旅行 連載小説 短編)

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東京へ

ソウタとリサは来た時と同じ箱根湯本と新宿を結ぶ特急列車に乗っています。「カタタンタタン、カタタンタタン。」レールと列車の車輪が立てる心地よい音が眠りを誘っています。リサはまたうとうとしています。少し疲れたのかもしれません。ソウタも少し眠くなったので1時間ほど眠りました。ソウタが目を覚ますとリサは窓の外を眺めていました。移り行く景色を少し悲しそうに眺めています。(もう少しでこの楽しい時間が終わってしまう。)ソウタも同じ気持ちでした。

駅を通り過ぎる時に駅名が見えました。ソウタは言いました。

「あと30分位で新宿到着かな?」

「そうしたら、旅も終わりね。」

「なんだか、ちょっと寂しいね。」

「そうね。」

そのあと映画の話などをして車内の時間を過ごしました。

ボタン

話をしているうちに急にリサがソウタのジャケットを見つめ始めました。

「どうしたの?」

「あのね、ソウタのジャケット、ボタン取れかかってるよ。」

「えっ?そう?あっ、本当だ」

「ちょっと脱いでみて。」

「ああ。」

ソウタはジャケットを脱ぎました。確かにボタンが取れかかっています。リサは自分のバッグから小さな裁縫セットを取り出しました。

「ボタン着け直してあげるね。」

リサは取れかかったボタンを外すと、鮮やかな手つきでボタンをジャケットに付けました。

「すごいねえ、鮮やかだねえ。」

「はい、どうぞ!」

そのボタンはきれいにジャケットに取り付けられていました。まるで新品の時のようにです。

「お裁縫ができるんだね。」

「ちょっとだけどね、ボタン付け位なら私にまかせてね!」

「どうもありがとう!」

「どういたしまして!」

 

これからのこと

急にソウタが真面目な顔になりました。

「あのね、大事な話があるんだけどね。」

「うん。」

「これからの二人の関係をどうしていったらいいかっていう話。」

「うん、それ大事だよね。」

「どうしようか?」

「それはソウタから言って。」

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「うん。僕は君のことが大好きだから君と離れたくはないけれど、家の跡を継がなければならないことは間違いないんだよね。だから卒業したら実家に帰らなければならないんだよね。リサは後一年半大学が残っているから東京から離れることはできないし、これからの進路によってはこれから住む場所も変わるよね。ここまでが二人の現実。そこまではいいかな?」

「うん。そういうことだよね。」

「で、僕の希望だよね。虫のいい話かもしれないけど、遠距離であってもお付き合いをつづけていけたら嬉しいんだけどなあ。」

「うん、でも遠距離恋愛は大変だよね。」

「そうだね。でも僕は君が好きだから。ほら。」

ソウタは美術館で描いた猛牛のスケッチを見せました。そのスケッチブックの紙には猛牛を引っ張るソウタと牛に乗っているリサが描かれていました。ソウタは一生懸命な顔に描かれていますが、リサは対照的に晴れやかな笑顔です。しっかりしたタッチで力強く描かれています。

「これが僕の気持ち、君といっしょに人生を歩んで行きたいんだよ。」

「素敵ね!じゃあ私のも。」

リサがスケッチを見せました。リサのスケッチブックの紙には猛牛の彫刻の前にレジャーシートを敷いて楽しそうな笑顔で語り合うソウタとリサが描かれていました。力強さの中にも暖かさが感じられるやさしいタッチで描かれています。

「これが私の気持ち。ソウタといつまでも楽しく暮らしていきたいわ。」

「ありがとう。」

二人はお互いの手を握り、見つめ合いました。

「ソウタ、遠距離恋愛がんばろうね。」

「ありがとうね。リサ!」

間もなく列車は新宿に到着しました。二人の短い箱根旅行は終わりました。

二人は新宿の地下街で簡単なお昼ご飯を食べました。ソウタもリサもとても楽しそうに話をしました。
お店を出て、駅を行きかう雑踏の中、通路の端でお互いのデッサンに日付と二人の名前を書いて交換しました。
ソウタはリサの家までリサのバッグを持ってリサを送りました。玄関先でいつものように笑顔で軽く手を振るとソウタも帰って行きました。

(つづく)

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良い旅を!

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