マナトのグアム最終日
ミウが日本に帰ってしまってからマナトはまた抜け殻のようになってしまっていました。自由な時間が丸一日あったのですが、マナトは日がな一日プールサイドで白いイスに座ってミウのことを思い出しながらボーっと過ごしていました。もう手遅れだと思いつつも日焼け止めは塗ってみました。
地元の娘だと名乗る、しゃべりに訛り(なまり)のある外国人2人組が楽しげに近づいてきましたが、「海が好き!」と言っていたお姉さんの忠告を思い出して相手にしませんでした。
マナトの帰国
ミウから遅れること2日してマナトは日本に帰国しました。グアムからの飛行機は成田空港に到着しました。検疫・税関・入国審査をスムーズに通り、到着ロビーに出てきました。さてこれからどうしようかな?と思いながら、小さなスーツケースをコロコロと引っぱりながら考えていました。
成田空港のターミナルビルにはなぜかサキがいました。彼女はマナトの旅行日程を知っていたのでここでマナトを待っていたようです。サキは何事もなかったかのようにマナトに近づき声をかけようとします。
「マ・・・」
サキがマナトの名を呼ぼうとしたそのとき、白髪で黒いスーツ姿の男が割り込むようにマナトに声をかけます。サキはとっさに向きを変えて遠ざかります。
「マナトさまでいらっしゃいますか?」
「はい」
「少々時間をおよろしいでしょうか?」
「はい大丈夫です。」
「はじめまして、私、ミウさまの家の執事で山田と申します。ミウお嬢様のお使いで参りました。」
「こちらこそはじめまして。」
(そうか、ミウは無事に帰ることができたんだなあ。良かった。)
「お嬢様から、マナトさまよりお借りしていたお金をお返しするようにとのことでお預かりして参りました。」
「そうでしたか。」
「こちらですのでお確かめ下さい。」
(でも、執事さんにお金を託したということは、もうミウには会えないのかな? お嬢様かあ、お嬢様じゃ無理だよな、僕じゃ・・・。)
と思いながらも封筒を受け取りました。裏を見ると綺麗な文字で内訳が正確に書かれていました。金額も正確でした。
「ありがとうございます。確かにお返しいただきましたとミウさんにお伝えください。」
「はい、承りました。」
ミウの家の執事はさらに続けます。
「このたびはお嬢様をお助けいただき、誠にありがとうございました。『 心配しないでください。少し旅をしてきます。5日後には戻ります。』 などと書置きをされて私どもの気づかないうちにお出かけされてしまいました。行き先が解らなかったものですからお守りすることができなかったのです。そんなときにマナトさまがお嬢様をお助けくださり、無事に帰国させてくださいました。本当にありがとうございました。これは些少ですがお礼の気持ちです。」
と、執事は100万円は入っていそうな分厚い封筒を差し出しました。
「いえ、そういう気持ちでお助けしたわけではありませんから、これはミウさんのためにお使いください。」
マナトは丁重にお断りしました。
「そうですか、そういうことであればそのようにさせていただきます。」
「それでは、せめてご自宅まで私どもの車でお送りさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、それは助かります。どうぞよろしくお願いいたします。」
「では、スーツケースをお持ちします。」
「いえ、いいですよ自分で持ちますから。」
「そうですか、ではこちらへ。」
マナトは執事と連れ立って歩いて行きます。サキが後ろからつけて行きます。
ターミナルビルを出て駐車場に行くと、運転手付きのつややかな黒色の高級リムジンが停まっていました。
「ではどうぞマナトさまお乗りください。」
執事はマナトのために後ろのドアをうやうやしく開けてくれました。
「ありがとうございます。では遠慮なく乗せていただきます。」
突然サキが調子よく声をかけます。
「マナト!私も乗せて、あんな男振ってきたからね。私、迎えに来たのよ!」
間髪入れずに執事が言います。
「あなたがサキさまですね。」
「そうよ。」
「あなたはこの車にお乗りになることはできません!」
ミウの代理人である執事は毅然(きぜん)とした態度でピシャッとそう言うとドアを閉めました。
「それにあなたは振ったのではなく振られたのですよね。」
「どうしてそれを・・・。そんなわけないじゃない!」
「調べさせていただきました。間違いはございません。」
「なによ。」
「もう二度とマナトさまにはお近づきにならないでください。」
「なんでよ!そんなの私の勝手でしょ!」
「私の大切な方のお役に立ちたいので・・・。」
「何よそれ!」
「それでは失礼いたします。」
車は執事が乗ると静かに走り出しました。ポツンと一人立ちすくむサキだけを残して・・・。
自宅へ送ってもらう途中執事はマナトに話しました。
「ミウお嬢様はマナトさまと過ごされた時間がとても楽しかった、と申されておりました。それから、こうもお聞きしました、日本でお金持ちの娘と思われている時にはちやほやされて誰もが擦り寄ってきて皆が笑顔で親切にしてくれました。でもグアムで荷物を失って一文無しになったときには日本人の10人以上にお願いをしたけれど皆冷たい態度で誰も助けてくれなかったそうです。そんなときにマナトさまだけが一文無しのミウお嬢様を助け、一人のレディとして扱ってくださいました。そのことを心から感謝されているそうです。私からも心より御礼申し上げます。」
「そうでしたか、でも僕も楽しかったんですよ。グアムの思い出はずっと忘れません。ありがとう。とミウさんにお伝えいただけますか?」
「かしこまりました。」
(ミウお嬢様か・・・。経済格差があり過ぎてもう会えないんだろうなあ。本当に好きなんだけどなあ・・・。)
車窓に流れる日本の景色を眺めながら、マナトはそんなことを思っていました。
やがてマナトの自宅に着きました。
「今日は送っていただきありがとうございました。健やかに楽しくお暮らしくださいとミウさんによろしくお伝えください。」
「お言葉承りました。それではこれにて失礼いたします。」
こうしてマナトのグアム旅行は終わったのでした。
(つづく)
良い旅を!