千葉・親子旅 8(旅行連載小説短編)

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コムハニーを試食してコウドウは言いました。

「おっ、これはいいねえ。」

「そうだねえ。」

「父ちゃんや姉ちゃんにも食わせてやりてえよなあ。」

「本当にそうだねえ。一緒に来れたら良かったのにねえ。」

「俺、お土産に買うよ。」

「そうかい?二人ともきっと喜ぶだろうよ。」

コウドウは自分のお小遣いでコムハニーを購入しました。なんだかとても満足そうです。

そろそろ時間なのでバスに戻りました。見学先はこれで最後なのでアオイは少し寂しい気分になりました。二人でペットボトルのお茶を飲みながら出発を待ちます。

ところが集合時間を5分ほど過ぎてもなかなかバスが発車しません。バスガイドさんも運転手さんもバスの外でキョロキョロと遠くの何かを探しているようでした。バスガイドさんが少し困ったような表情でバスに乗り込んで来ました。

「えー皆様、ミツバチとハチミツの見学はいかがでしたでしょうか? おいしかったでしょうか? さて、本日の旅も皆様のご協力で無事に予定通り進んで参ることができました。あとは帰るだけでございます。」

バスガイドさんは外の運転手さんの様子を見ました。外では運転手さんが困ったような顔でバスガイドさんに対して少し首を横に振って合図していました。

「どうしたんだろう?」

コウドウがつぶやきました。

「何か出発できない理由があるんだろうね・・・。」

アオイもつぶやきました。

バスガイドさんが再び話し始めます。

「エー皆様にはたいへん申し訳ございませんが、お客様が3名様戻っていらっしゃっていません。そのため、もうしばらくお待ちいただけますでしょうか?」

バスガイドさんはバスを降りると運転手さんに何か言うと、戻ってこない乗客を探しに行ったようです。運転手さんはバスに乗って来るとマイクで言いました。

「えー皆様、只今バスガイドの栗原がお戻りになられていないお客様を探しに参っております。皆さま方におかれましてはいましばらくお待ちいただけますようにお願い申し上げます。何かございましたら私、運転手の佐野にお申し付けください。」

そう言うと運転席に座り、バスガイドさんが走っていった方向を心配そうに見つめていました。

「集合時間は守るようにって、あれだけバスガイドさんも言っていたのにねえ。」

アオイがため息をつきながら言いました。

「うん。」

コウドウは短く答えました。

すると、遠くからバスガイドさんと二人の乗客が走って来るのが見えました。

「あっ!二人見つけたみたいだぜ。」

「よかったね。」

バスガイドさんは二人の乗客をバスに乗せると、バスの外で更に辺りを見ています。二人の乗客は30歳台の女性二人組でした。バツの悪そうな顔で乗り込んできました。両手にハチミツの製品がたくさん入った袋をぶら下げています。おそらく買い物に夢中で集合時間を忘れてしまっていたのでしょう。

「申し訳ありません。遅くなってしまいました・・・。」

「ごめんなさいね・・・。」

二人は礼儀正しく謝りながら自分たちの席へ戻って行きました。

バスガイドさんがバスにまた乗りこんで来ました。

「お二人様戻られて一安心なのですが、もうお一人様、70歳位の男性の方が戻っていらっしゃっていません。どなたか、何かお聞きになっていらっしゃるお客様はいらっしゃいますか?」

誰も何も答えません。

「そうですか。ご協力ありがとうございました。」

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バスガイドさんは運転手さんと何か小声で話しています。

「遅れているお客様をお待ちする間、少しだけ私がお話をさせていただきますね。皆様はハチミツというと何を連想されますか?ハチミツは英語で言うとハニー(honey)です。なので私の場合はハネムーン(honeymoon)を連想します。蜜月ともいいますね。これは結婚後の一か月のことを指すのですが現在では新婚旅行のことだけを言うことが多いですね。このハネムーンの語源は諸説あるのですが、大きなものが二つあります。一つは新婚の初めの一か月間は蜜のように甘くてすてきな愛情に満ちた生活を送ることができます。それは満月のようです。けれどもすぐに月が欠けて行くように普通に戻ってしまうという、愛情と月をかけあわせた表現という説です。二つ目は古代ドイツにチュートン人という人たちがいたのですが、彼らには結婚後の1ヶ月間をハチミツで作った飲み物を飲んで祝うという風習がありました。そこから来ているという説です。私はどちらの説もありうると思います。ちなみに新婚旅行中に懐胎した場合、その赤ちゃんはハネムーンベビーと呼ばれます。」

10分程、経過しました。バスガイドさんは運転手さんと目を見合わせてから、

「それでは皆様にはたいへんお待たせいたしました。お客様がお一人戻って来られないのですが、いつまでも皆様をお待たせするわけにも参りませんので、これで出発させていただきたいと存じます。」

と、バスガイドさんは少し辛そうにそう言いました。

旅行を申し込んだ人と旅行会社の間には契約が成立しており、約款が存在します。よく読むと旅行会社は指示に従わない参加者との旅行契約を旅行中でも解除できることが記載されている場合があります。あまりにも集合時間に遅れると置いて行かれてしまうということもあるということですね。

プシューと扉が閉まります。

その時「おーい!」と小さく声が聞こえました。

「おーい、待ってくれ~!」

それは戻って来ていなかった70歳台の男性でした。手には立派な一眼レフのカメラを持っています。重そうなカメラバッグも肩から掛けています。

プシューと再びバスのドアが開きました。

「良かった。」

と、バスガイドさんが言いました。

その男性は何も言わずに自分の席に座りました。バスの中は微妙な空気が流れています。プシューというドアの閉まる音だけが車内に響き渡りました。

「それでは全員揃いましたので出発いたします。」

バスは動き始めました。

バスはそれからアクアラインを渡り順調に新宿まで戻ってきました。眠っている乗客が多かったです。途中出発が遅れた割には道路が流れていたためかほぼ定刻通りに到着することができました。

「お足元、棚、トランクルームなどお忘れ物のございませんようにお願いいたします。本日は皆さまお疲れ様でした。またのご利用を心よりお待ちしております。どちら様もどうぞお気をつけてお帰りください。」

とバスガイドさんは最後にアナウンスをしてツアーは終了しました。

アオイとコウドウはバスガイドさんと運転手さんに挨拶をしてバスを降りました。その後、電車で帰宅しました。

カヘイとアヤセがお土産を喜んだことは言うまでもありません。

旅の後、コウドウはまた無口になり、アオイに対する返事も短くなってしまいましたが、アオイはそんなコウドウの姿を不安には思わなくなりました。

(了)

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良い旅を!
 

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